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福岡高等裁判所 昭和61年(行コ)23号 判決

熊本市水前寺五丁目七番八号

控訴人

山口博文

右訴訟代理人弁護士

佐藤義行

大塚正民

熊本市東町三の一五

被控訴人

熊本東税務署長

小城雄宏

右指定代理人

福田孝昭

溝口透

杉山雍治

岩崎光憲

坂井正生

福元譲

右当事者間の更正処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、昭和五四年一一月五日付けでした控訴人の昭和五四年六月一二日付け昭和五〇年分所得税のの更正の請求に対する更正通知処分のうち一部認容した部分を除くその余の処分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人らの主張

所得税の基本原則について最高裁判所判決(昭和四九年三月八日第二小法廷判決・民集二八巻二号一八六頁。以下この判決を「最高裁判決」という。)は、次のとおり判示している。

「もともと、所得税は経済的な利得を対象とするものであるから、究極的には実現された収支によつてもたらされる所得について課税するのが基本原則であり、ただ、その課税に当たつて常に現実収入のときまで課税できないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入すべき権利の確定したときをとらえて課税することとしたものであり、その意味において、権利確定主義なるものは、その権利について後に現実の支払があることを前提として、所得の帰属年度を決定するための基準であるにすぎない。換言すれば、権利確定主義のもとにおいて金銭債権の確定的発生の時期を基準として所得税を賦課徴収するのは、実質的には、いわば未必所得に対する租税の前納的正確を有するものであるから、その後において右の課税対象とされた債権が貸倒れによつて回収不能となるがごとき事態を生じた場合には、先の課税はその前提を失い、結果的に所得なきところに課税したものとして、当然にこれに対するなんらかの是正が要求されるものというべく、それは、所得税の賦課徴収につき権利確定主義をとることの反面としての要請であるといわなければならない。

もとより、いつたん適法、有効に成立した課税処分が、後発的な貸倒れにより、遡つて当然に違法、無効となるものではないが、その貸倒れによつて前記の意味の課税の前提が失われるに至つたにもかかわらず、なお、課税庁が右課税処分に基づいて徴収権を行使し、あるいは、既に徴収した税額をそのまま保有することができるとすることは、所得税の本質に反するばかりでなく、事業所得を構成する債権の貸倒れの場合とその他の債権の貸倒れの場合との間にいわれなき救済措置の不均衡をもたらすものというべきであつて、法がかかる結果を是認しているものとはとうてい解されないのである。」

本件において、被控訴人は、控訴人に対し、控訴人が株式会社太洋(以下「太洋」という。)に対する金銭債権につき「後に現実の支払があることを前提として」課税し、これにより控訴人は「現実的には、いわば未必所得に対する租税前納」を強いられたわけである。

ところが、その後控訴人の太洋に対する右金銭債権は、昭和五四年四月一八日の太洋に対する会社更生法に基づく更生計画認可決定により貸倒れとなり、控訴人において右債権につき現実の支払が受けられないことが客観的に確定したのであるから、先の課税はその前提を失い、「結果的に所得なきところに課税したものとして、当然にこれに対するなんらかの是正が要求される」筈である。したがつて、前記最高裁判決は正に本件に適用されるべきである。

また、前記金銭債権の貸倒れは、法の関知するところでないとの認定をするのであれば、現行法制下では明文の救済規定がないことになるので、前記最高裁判決のいうように「事業所得を構成する債権の貸倒れの場合とその他の債権の貸倒れの場合との間にいわれなき救済措置(事後措置)の不均衡をもたらすものというべきであつて、法はかかる結果を是認しているものとはとうてい解されない」から、それが資産の損失であれ、金銭債権の消滅であれ、譲渡代金の回収不能であれ、はたまた保証債務の履行に伴う求償金の回収不能であれ、一度生じた所得の後発的消滅ないしは減少によつて担税力が消滅ないしは減少したときは、所得区分を問うことなく課税上の是正措置がとられなければならなくなるから、右判決は本件に適用されるべきである。

以上要するに、前記最高裁判決による限り、本件の場合、「結果的に所得なきところに課税したものとして、当然にこれに対するなんらかの是正が要求される」筈である。これを実定税法上の条文にあてはめようとすれば、後記のとおり、1現行所得税法(以下「法」ともいう。)六四条二項に定める保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合で、求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつた場合、2同法条一項に定める太洋に資産を譲渡した場合で、代金債権が貸倒れとなつた場合、3法一五二条を介して前記最高裁判決が宣明した所得税の基本原則のいずれかが適用されるべきである。

1  法六四条二項の適用について

山口亀鶴(昭和四九年一二月三日死亡、以下「亀鶴」という。)は、太洋の代表取締役であつた。亀鶴は、昭和四八年一一月二九日発生した大火による火災事故によつて生じた太洋の被災者らに対する補償金支払債務を含む太洋の全債務について個人保証をしていた。右大火により太洋が危機に瀕したため、亀鶴及びその相続人である山口ミツ、山口節二、山口洋三及び控訴人(以下右四名を共同相続人」という。)は、右保証債務を履行するため、原判決添付別表二(以下「別表二」という。)記載の番号1ないし5の各不動産(以下「番号1の不動産については「1の物件」といい、番号2ないし5の各不動産についても同様の記載をする。)外三筆の個人の個人資産の殆どすべてを太洋に提供し、これらの処分方法及び代金の受領等の権限もすべて太洋に委ねていた。

ところで、本件課税の対象とされる前記各物件についての所有権移転の形式的経過をみると、

(一) 4の物件は、所有者である共同相続人によつて昭和五〇年一二月一五日太洋に代金二九四〇万円で売却され、更に昭和五一年一〇月二〇日太洋から美つ山ビルに代金七九三六万円で転売され、

(二) 5の物件は、所有者である共同相続人によつて昭和五〇年一二月一五日太洋に代金六七〇万円で売却され、更にこのうち三七〇万円分は昭和五一年八月二日太洋から春野涼記に八八〇万円で転売され、

(三) 1の物件は、所有者である共同相続人によつて昭和五〇年一二月一九日石原信男に代金二五〇〇万円で売却され、

(四) 2の物件は、所有者である共同相続人によつて昭和五〇年一二月二二日住友信託銀行に代金五七五〇万円で売却され、

(五) 3の物件は、所有者である共同相続人によつて昭和五〇年一二月二六日大洋企業株式会社に代金一三八〇万円で売却され

たことになつている。

しかし、共同相続人が1ないし5の各物件を譲渡する決定的な動機及びその目的は、前記保証債務を履行することにあつたもので、共同相続人の太洋に対する借入金等の債務を弁済することを目的として譲渡したものでは断じてなく、共同相続人は右各物件の譲渡について買主の選択、売買条件の決定、代金の授受、代金の管理及びその処分に全く関与しておらず、これらはすべて太洋がこれにあたつていることなどの経緯からして、右1ないし3の各物件の譲渡は4及び5の各物件の譲渡と形式的な差異はあるにしても、実質課税の原則ないし実質主義の観点からこれをみると、右各物件の譲渡はすべて実質的に同一であつて法六四条二項所定の「保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合」に該当するものである。このことは、太洋の熊本国税局長宛及び国税庁長官宛の各嘆願書の記載によつても明らかであり、共同相続人の全く関与しないところで作成された太洋の一方的な会計帳簿等は共同相続人に対する課税のための資料とはならないというべきである。なお、控訴人は、昭和五〇年分所得税確定申告において法六四条二項の適用を前提とした所得計算を行わなかつたが、これは国税局の勧めによるものであつた。

そして、昭和五四年四月一八日太洋に対する会社更生法に基づく更生計画認可決定がなされた結果、共同相続人の太洋に対する保証債務の履行に伴う求償権を行使することができなくなつたのであるから、法六四条二項が適用ないし準用されるべきである。

2  法六四条一項の適用について

1ないし3の各物件の譲渡における前記1記載の実質的経緯からすると、右各物件の譲渡は、前記保証債務を履行するため、共同相続人から太洋に対して時価で売り渡されたものとみるべきである。そして、前記1の(三)ないし(五)の各売買は実質的には太洋がこれを転売したものとみるべきであるから、前記の時価というのは右転売代金と同額ということになる。

そうすると、共同相続人の太洋に対する右各物件に関する債権は、売買代金債権であると同時に保証債務の履行に伴う求償債権でもあつたわけである。

ところが、前記のとおり昭和五四年四月一八日太洋に対する会社更生法に基づく更生計画認可決定がなされた結果、控訴人の太洋に対する前記債権は回収不能となつたのであるから、法六四条一項が適用ないし準用されるべきである。

3  法一五二条を介して前記最高裁判決が宣明した所得税の基本原則の適用について

(一) 本件訴訟は、1ないし5の各物件に関する所得税についての昭和五四年一一月五日付けでした昭和五〇年分所得税の更正通知処分のうち一部認容した部分を除くその余の処分の取消しを求めるものである。ところで、右所得税の確定申告書提出後、前記の更正計画認可決定により太洋に対する債務が回収不能となつたので、法一五二条に基づき昭和五四年六月一二日付けで法六四条二項の適用を前提とした更正の請求書を提出したところ、これを否定して前記更正通知処分がなされたのである。

(二) 本件に法六四条一項又は二項の適用がないとすれば、

(1) 被控訴人は、控訴人に対し、「後に現実の支払いがあることを前提として」昭和五〇年分の所得税を課税し、控訴人は「実質的には、いわば未必所得に対する租税の前納」を強いられたこと、(2) ところが、太洋に対する前記更生計画認可決定により太洋に対する債権が回収不能となり、控訴人にとつて太洋からの「現実の支払」がないことが確定したのであるから、「先の課税はその前提を失い、結果的に所得なきところに課税したもの」となつたこと、(3) 控訴人の太洋に対する右の債権なるものは、1ないし3の各物件の売却によつて生じたものであることは明らかである。

右の事実に最高裁判決が宣明した所得税の基本原則を適用すれば、本件は「結果的に所得なきところに課税したものとして、当然になんらかの是正が要求される」筈である。けだし、本件の場合、同判決が判示するように「法がかかる結果を是認しているものとはとうてい解されない」からである。

したがつて、本件には法一五二条を介して前記最高裁判決の宣明した所得税の基本原則が適用され、本件更正通知処分は取り消されるべきである。

二  控訴人の主張に対する被控訴人の反論

1  控訴人の引用する最高裁判決について

(一) 右最高裁判決は、昭和三七年法律第四四号による改正前の旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)のもとにおいて、雑所得として課税の対象とされた金銭債権が後日貸倒れになつて回収不能となつた場合、当該貸倒れの発生とその数額が客観的に明白で、課税庁に格別の認定判断権を留保する合理的な必要性が認められない場合には、国又は課税庁は、正義公平の原則に照らし、当該納税者に対して課税処分の効力を主張し得ないとしたものであつて、後発的貸倒れに対する救済規定のない旧所得税法のもとにおける特殊な場合の判断を示したものである。ところが、改正後の現行所得税法は、一五二条に「更正の請求の特例」を、また、国税通則法は、二三条に「更正の請求」をそれぞれ規定して後発的貸倒れに対する救済規定を法定しているのであるから、右判決は適用の余地のない過去のものである。

また、右判決は、権利確定主義のもとにおいて、雑所得の対象となる金銭債権の確定的発生の時期(すなわち、課税対象としての債権が有効に成立した事実の存在。)を基準として課税し、後日右課税の対象とされた債権が貸倒れにより回収不能となつて(すなわち、所得の発生源たる債権が所得を実現しないことに帰する事実の存在。)、右課税がその前提を失つた場合に関するものであつて、要するに、最終的に所得の実現がなかつたからこそ「究極的には実現された収支によつてもたらされる所得について課税する」という所得税法の基本原理に照らし是正されるべきであるとしたものである。したがつて、本件のように、控訴人がたとえ太洋を介してとはいえ、本件譲渡にかかる売買代金を一旦取得(すなわち所得実現)したうえで、それを仮に保証債務の履行としてであれ、太洋に支弁した場合、すなわち、一旦実現した所得を費消若しくは処分した場合にまでその是正を求めたものではない。控訴人は、右判決にいう所得税の基本原則をいたずらに拡大解釈しようとするものにほかならない。

(二) 控訴人は、最高裁判決の「事業所得を構成する債権の貸倒れの場合とその他の債権の貸倒れの場合との場合との間にいわれなき救済措置の不均衡をもたらすものというべきであつて、法がかかる結果を是認しているものとはとうてい解されない」との判示から、それが資産の損失であれ、金銭債権の消滅であれ、譲渡代金の回収不能であれ、はたまた保証債務の履行に伴う求償金の回収不能であれ、一度生じた所得の後発的消滅ないしは減少によつて担税力が消滅ないしは減少したときは、所得の区分を問うことなく課税上の是正措置がとられねばならない旨主張するけれども、最高裁判決は、前記のとおり、後発的貸倒れに対する救済措置が法定された現行所得税法のもとにおいては運用の余地がないばかりでなく、同判決は、課税の対象とされた未実現の債権が後発的貸倒れによつて消滅した場合に、その課税の前提が失われたとして所得区分を問うことなく課税上是正すべきであるとするものであり、本件のように、一旦実現した所得の費消若しくは処分による消滅、又は課税の対象とされていない債権(例えば、貸付金債権あるいは保証債務の履行に伴う求償債権)の回収不能による消滅についてまで課税上の是正措置を求めたものではないのである。したがつて、右主張は失当である。

2  法六四条二項の主張について

法六四条二項は、保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつたときは、その行使することができないこととなつた金額に対応する譲渡所得の金額は、なかつたものとみなす旨の規定である。

(一) そこで、法六四条二項を適用するには、まず当該資産の譲渡をしようとする者が他人の債務の保証人となつていることが必要であるところ、本件において、亀鶴が太洋の遺族に対する補償金支払債務を含む太洋の全債務について個人保証をした事実はない。

殊に、右遺族補償金は、太洋の債務であつたばかりか、亀鶴及びその共同相続人にとつても固有の債務であつたので、同条項にいう保証債務ではなく、むしろ控訴人は亀鶴の右固有の債務を相続するとともに、共同相続人固有の債務として遺族らとの和解に応じたものであり、だからこそ遺族らが亀鶴及びその共同相続人に対し保証債務の履行を求めた事実がないのは勿論のこと、共同相続人が遺族に対して太洋の前記債務につき保証を約した事実もない。

(二) また、法六四条二項を適用するには、当該資産の譲渡をしようとする者が、保証債務の履行のために資産の譲渡を行つたことが必要であるところ、本件譲渡は次のとおり、太洋再建のため、いわば増資ないし出資としてなされたものにすぎず、特定の保証債務の履行のためになされたものでないことは明らかである。

(1) 亀鶴及びその共同相続人は、太洋が同族会社としての性格上、火災のために倒産すれば従業員の失業、遺族補償金の支払不能などの事態を招来して強い社会的非難を浴びるため、それを免れるには太洋の再建しかないと考え、積極的に再建計画を推進し、ようやく昭和五〇年一一月一六日営業再開にこぎつけ、翌昭和五一年三月二六日には被災者らとの和解も成立したものの、同年一〇月二七日には会社更生手続開始の申立てがなされて経営が完全に行き詰つたものであり、この間太洋が多額の運転資金等を必要としたことはいうまでもない。

つまり、共同相続人は、太洋の再建推進策の一環として本件1ないし3の各物件の譲渡をなし、これによつて取得した処分代金を太洋に対し必要な再建資金として貸し付けたにすぎず、保証債務の履行のために本件譲渡がなされたものではないのである。

(2) 右のことは、太洋の次のような経理処理からも完全の裏付けられる(なお、火災による被災者らに対する補償金等の支払については、当該各事業年度において、太洋自身が支出し、いずれもこれを特別損失として計上している。)

すなわち、1ないし3の各物件の売却代金については、太洋が共同相続人から仮受金として受け入れ、太洋に売却した4、5の各物件の売却代金については、太洋から共同相続人に対する未払金として計上したうえ、太洋の資金需要を確保するため、まず、太洋が共同相続人に対して有していた仮払金債権等に充当し、残金については未払金ないしは仮受金債務(実質は借入金)として会計処理している。

そして、遺族らとの和解条項に基づく補償金の支払については、共同相続人との間で負担割合を取り決め、太洋が支払つた補償金のうち共同相続人の負担部分について逐次右債務と相殺処理をしているのである。

(3) 更に、共同相続人は、太洋に対する会社更生申立事件において、会社更生法一二五条に基づき太洋に対する更生債権の届出をなし、更生債権認否表記載の無異議議決権額のとおり一般更生債権として承認されているが、この更生債権の内容を見ても、本件譲渡に基づいて共同相続人が太洋に対して有することとなつた債権(太洋の経理では未払金もしくは仮受金債務)を基礎とし、この額から太洋が被災者らに支払つた補償金のうち共同相続人が負担すべき金額を差し引いた残額となつているのである。

右のことからしても、本件資産の譲渡が保証債務の履行のためになされたものでないことは明らかである。

ちなみに、亀鶴が、控訴人主張のように熊本国税局長及び国税庁長官宛に提出した嘆願書によれば、「企業の代表者又は役員に個人資産の提供が法律的に強制されている訳ではありませんが」という記載となつているのであるから、本件譲渡が保証債務の履行のためになされたものでないことを共同相続人も自認していたものというべきである。

(4) 控訴人は、亀鶴及びその共同相続人が保証債務を履行するため、個人資産の殆どすべてを太洋に提供し、その処分方法及び代金の受領、それによる個人保証の債務の弁済の権限を太洋に委ねた旨主張する。しかしながら、共同相続人が処分を留保した不動産も存在するばかりでなく、逆に太洋所有にかかる不動産を共同相続人の一部の者が買い受けたうえ、その支払を太洋の当該共同相続人に対する仮受金債権の支払に充当する方法により決済した事例も存在するのである。また、右資産の処分と代金の受領について太洋の職員が現実に行動したとはいうものの、それは亀鶴ら山口家の意思に基づいたものであつて、職員は亀鶴及び共同相続人の使者として行動しているのに対し、その代金の太洋への受入れは、前記のように仮払金債権、未収金債権の各弁済及び仮受金債務として処理され、その後は、太洋において、亀鶴及び共同相続人に対する仮受金債務が残るとはいえ、増加した資産の運用は太洋独自の立場でなし得るのであつて、両者は明確に区別し得るものである。

(5) 仮に、本件1ないし3の物件の譲渡代金が保証債務の履行に充てられたものであるとしても、本件においては、求償権の不行使を前提とした(せいぜい太洋が将来的に再建を果たし収益に余裕が生じれば償還を受け得るという程度の期待が存する。)保証債務の履行にすぎず、実質的には免責的債務の引受けかあるいは贈与としてなされたものであるから、法六四条二項の適用の余地はない。

(6) なお、保証債務履行のための資産譲渡の場合における課税の特例の適用を受けるためには、確定申告書にその適用を受ける旨及びその明細を記載することを要する(法六四条三項)が、控訴人らは1ないし3の各物件についての確定申告において右の意思表示をしていないのである。

3  法六四条一項の主張について

控訴人は、1ないし3の各物件の買主は太洋である旨主張するが、右各物件の買主が太洋でないことは、次のことから明らかである。

(一) 右各物件の譲渡については、それぞれ明確な売買契約書が作成され、共同相続人と各買受人との間に売買契約書が取り交わされており、共同相続人も本件所得税の確定申告において、右各買受人に譲渡したものとして申告している。

一方、太洋において買受けた4、5の各物件については、これが商法二六五条の規定に該当するところから、太洋は、あらかじめ取締役会の承認決議をなし、確定決算においてもその購入の事実を計上しており、しかも翌期にはこの資産を転売して多額の利益を得ているが、前記1ないし3の各物件については取締役会において何らの審議もなされておらず、転売の利益も計上されていない。

(二) 太洋は、1ないし3の各物件の譲渡代金につき仮受金として受け入れており、太洋自身が買い受けたものとしての会計処理をしていないのに対し、太洋自身が買い受けた4、5の各物件については、未払金としてはつきり区別して会計処理をしている。

法六四条一項を適用するについては、譲渡代金が回収不能となつていることが必要であるところ、1ないし3の各物件の譲渡代金についてはそのような事実が存在しない。

すなわち、太洋に売却した4、5の各物件の売買代金は実際に支払われないまま共同相続人に対する太洋の未払金として経理処理され、未払のまま太洋について会社更生法に基づく更生計画認可決定がなされたことに伴いその八〇パーセントが切り捨てられることになつたのに対し、1ないし3の各物件の譲渡代金は、太洋が受領しているとはいうものの、売買契約当事者間ではすべて全額支払済みであつて、後に何らの債権債務も残つていないのであるから、この点において4、5の各物件とは実質的に大きな違いがある。また、太洋が受領した右代金は、単に太洋と共同相続人との間の問題にすぎないものというべきである。

4  法一五二条を介して最高裁判決が宣明した所得税の基本原則の主張について

右主張に対する反論は、前記1の(一)(二)記載のとおりであつて、同主張は失当である。

第三証拠

証拠の関係は、原判決事実摘示及び当審訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

当裁判所は、当審における新たな証拠調の結果を斟酌しても、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものと判断するが、その理由は次のとおり付加するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決の付加

1  原判決九枚目裏末行の「成立に争いのない」の次に「甲第六五号証の一、二(但し、いずれも後記措信しない部分を除く。)、」を加える。

2  原判決一一枚目裏一二行目から一三行目にかけての「甲第五一号証の一ないし三」の次に「、第六五号証の一、二」を加える。

3  原判決一二枚目表六行目の「訴訟費用の負担につき」の次に「行政事件訴訟法七条、」を加える。

二  控訴人の主張に対する判断

1  控訴人の引用する最高裁判決について

控訴人の引用する最高裁判決は、昭和三七年法律第四四号による改正前の旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)のもとにおいて、雑所得として課税の対象とされた金銭債権が後日貸倒れによつて回収不能となつた場合に、その貸倒れの発生と貸倒れ額とが客観的に明白で、課税庁に格別の認定判断を留保する合理的必要性がないと認められるときは、国又は課税庁は、正義公平の原則に照らし、納税者に対して課税処分の効力を主張し得ないとしたものであつて、後発的貸倒れに対する救済規定のなかつた前記旧所得税法のもとにおけるものである。ところが、昭和三七年法律第四四号による改正現行所得税法は、一五二条、六四条、国税通則法二三条により後発的貸倒れに対する救済規定を新設し、正義公平の原則に反する結果にならないよう立法的に解決したものである。

そして、本件は、前記(原判決」認定のとおり、本件更正通知処分の分離長期譲渡所得金額は、共同相続人が1ないし5の各物件を別表二の譲渡年月日欄記載の日に、買受人欄記載の各買受人に譲渡金額欄記載の各代金でそれぞれ譲渡したことに関するものであるが、右のうち太洋に譲渡した4、5の各物件の代金は未払いであつたところ、太洋に対する会社更生法による更生計画認可決定により譲渡代金債権の一部(八〇パーセント)が貸倒れにより回収不能となつたとして法六四条一項、一五二条により右貸倒れ部分は所得がなかつたものとして更正請求が認容されていることが認められる(この点は当事者間に争いがない。)。これに対し、1ないし3の各物件の譲渡代金は、前記及び後記認定の諸事実に照らせば、共同相続人において太洋を介してすべて受領ずみというべきであつて、貸倒れは存在しないのである。

控訴人は、亀鶴が太洋の全債務を保証していたので、右保証債務を履行するため、亀鶴及びその共同相続人は個人資産の殆どを太洋に提供し、その処分方法及び代金の受領等の権限もすべて太洋に委ねていたのであるから、1ないし3の各物件も4、5の各物件と同様まず太洋が買い受けてこれを太洋が他に転売したものとみるべきであり、したがつて、共同相続人は、太洋に対し1ないし3の各物件の売買代金債権を有しており、仮に、右売買代金債権が認められず、共同相続人が太洋を介して前記各買受人から受領した売買代金を太洋に貸し付けたものとみるべきであるとしても、右の売買代金債権なり貸付金債権は太洋に対する前記更生計画認可決定により貸倒れとなつたのであつて、控訴人は、いずれにしても結果的に所得なきところに課税されたことになるので、本件には最高裁判決が適用されるべきである旨主張する。しかしながら、前記(原判決)認定の事実と、その掲記の各証拠によると、1ないし3の各物件については、共同相続人と太洋以外の前記各買受人との間で売買契約書が作成され、他方、4、5の各物件については、共同相続人と太洋との間で売買契約書が作成されて、売買契約書上も異なつた取り扱いがなされ、かつ、前者については共同相続人から各買受人に直接所有権移転登記が経由されていること、共同相続人は、太洋の取締役であり、太洋との取引(売買)については商法二六五条により取締役会の承認が必要であるところ、4、5の各物件については右手続がなされているのに対し、1ないし3の各物件については右手続がなされておらず、手続上においても区別した取扱いがなされていること、太洋は、4、5の各物件について、確定決算において購入の事実を計上し、翌期には右物件を転売して多額の利益をあげていること、太洋は、4、5の各物件の買受代金は未払金として計上しているのに対し、1ないし3の各物件の譲渡代金のうち仲介手数料等を差し引いた残金を仮受金としてそれぞれ処理し、右両者の取扱いに差異があること、共同相続人は、太洋に対する会社更生法による会社更生手続において、太洋の右未払金及び仮受金に対応する債権等を更生債権として届出をし、更生債権認否表において無異議議決権額の一般更生債権として承認されていることなどに鑑みると、1ないし3の各物件の買受人が太洋であるとは到底認められない。また、太洋は前記(原判決)認定のように、1ないし3の各物件の譲渡代金のうち仲介手数料等を差し引いた残金を仮受金(その実質は共同相続人の太洋に対する貸付けである。)として受け入れているが、右仮受金(貸付金)は、共同相続人が本件課税の対象となつた1ないし3の各物件の譲渡代金を各買受人から太洋を介して一旦受領した後における新たな事後処分(貸付け)であつて、この貸付金が前記更生計画認可決定により貸倒れとなつて回収不能となつたとしても、これは右課税の対象とされた譲渡代金債権とは名実ともに無関係というべきであるから、最高裁判決のいう結果的に所得なきところに課税したということにならないことはいうまでもない。なお、右認定のような太洋の経理上の処理が、亀鶴ないし共同相続人の意思と無関係に、単なる便宜上のものとして行われたと認めるべき証拠はない。

したがつて、本件に最高裁判決が適用されるべきであるとの控訴人の主張は理由がない。

2  法六四条二項の主張について

控訴人は、亀鶴は火災によつて生じた太洋の被災者らに対する補償金支払債務を含む太洋の全債務につき個人保証をしていたので、亀鶴及びその共同相続人は右保証債務を履行するため、1ないし5の各物件外三筆の個人資産を太洋に提供し、これらの処分方法及び代金の受領等の権限もすべて太洋に委ねて保証債務を履行した旨主張する。

しかしながら、1ないし3の各物件の譲渡代金が太洋の債務につき亀鶴が保証した保証債務の履行に供されたものでないことは前記(原判決)認定のとおりであるばかりでなく、亀鶴が控訴人主張のように太洋の全債務について保証したことを認めるに足りる証拠も十分ではない。確かに、亀鶴が太洋の取引銀行等に対する多くの債務につき保証していることは否定することはできない。そして、前記甲第五一号証の一ないし三、第六五号証の一、二によると、谷口肇は、証人尋問において、亀鶴が火災によつて生じた太洋の被災者らに対する補償金支払債務を個人保証した旨供述し、前記甲第六五号証の一、二により成立を認める甲第二三号証の一には右供述を裏付けるような記載があるが、右甲第二三号証の一(作成日は昭和五七年五月一四日)に記載された昭和五四年三月二七日付覚書は証拠として提出されていないこと並びに成立に争いのない乙第三二号証の記載に照らすと、前記甲第二三号証の一、第五一号証の一ないし三、第六五号証の一、二の記載のみから直ちに亀鶴が火災によつて生じた太洋の被災者らに対する補償金支払債務を保証したものとは認めるに足りない(亀鶴ないしその共同相続人による右補償金の支払約束及び支払の履行は、太洋の取締役としての同人らの固有の責務としてなされたものと推認される。)。また、1ないし3の各物件の譲渡代金が太洋の債務について亀鶴が保証したどの保証債務の履行に供されたものかを具体的に確定するに足りる証拠はなく、控訴人の引用する嘆願書(成立に争いのない甲第一九ないし第二一号証)によつてもこれを認めることができない(なお、前記甲第六五号証の一、二によると、谷口肇は、証人尋問において、共同相続人の太洋に対する保証債務の履行状況について、会社更生法による更生計画認可決定の前後を通じて全く同じであり、このことを成立に争いのない甲第五五号証に記載したものである旨供述しているが、右甲第五五号証、第六五号証の一、二の各記載部分は成立に争いのない甲第二四号証、乙第五一号証の各記載に照らしてにわかに措信できないところである。)。

したがつて、控訴人の法六四条二項を適用ないし準用すべきであるとの主張は理由がない。

3  法六四条一項の主張について

控訴人は、1ないし3の各物件は、共同相続人が太洋に時価で売り渡したものとみるべきである旨主張するが、右各物件の各買主が太洋と認めることができないことは前記認定のとおりであり、また右各物件の譲渡代金が回収不能となつたものでないことも前記認定のとおりである。

したがつて、控訴人の法六四条一項を適用ないし準用すべきであるとの主張はその前提を欠きその余の点について判断するまでもなく理由がない。

よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官 山口茂一 裁判官 榎下義康)

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